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渋谷甘味倶楽部

日々是好日。今日も元気だ、ごはんが美味しい♡

2010年初観劇ありがとう記念・『嵐の中の子どもたち』語り(日本における教育文化と劇団四季「こころの劇場」の在り方について考察する編) 

2010.02.03

おにわーそとー!! ふくわーうちー!!!

えほうまきは大きくて、口に入れるのは断念しますた湊みらいでございますおいえんおう(ごきげんよう)。

節分の本日、お豆をまかれた同志の方々、数多くいらっしゃることと存じます。皆様のまいたお豆が、あたくしの元に、お言葉たち&拍手喝采なる「福」として、届いておりまする。
ありがとうございます……!!!
ちゃんとお豆のごとく、噛みしめて、いただいておりましてよ!!!


どーでもいーけど、おしごと先で「ふくわーうちぃぃ~」とお豆をまかれた上、さらに「これ、まいてくださいね」とまき用お豆までいただきました(笑)。ありがとうございます!!
だもんで、さっき冒頭の言葉を叫びつつ、ちゃんとお豆をまいてたのですが、ふと、

ふくわ→いちわ

ふくわうち→たけうち

って、なんか韻踏んでるじゃん……とか思って、手が止まりますた。


……そうさ、陰ハンシェン(一和洋輔くん)×大エルンスト(竹内一樹くん)が

大好きさ!!!!!!!!

本命は小エルンスト(伊藤綾祐くん)だけどな!!!!!!!


つーか、あいかわらず大阪『ウィキッド』でボックのままな伊藤くん……。

もー『春さめ』のチケットが発売になるとゆーのに、

キャスティングはどーなるの??

お願いだ!! 

伊藤くんエルンストはぜったい拝見したいの……!!!!!!!




とゆーわけで、幻に終わった(笑)一和くんボブ×竹内くんケンでなく、
川島(創)くんボブ×竹内くんケンの『嵐の中の子どもたち』語りその後
にイかせていただきます(笑)。


つーか、本音は、ありてあビッキー(有村弥希子さんテーア@『春さめ』)がかわいすぎてかわいすぎて、そこにつっこんでいきたいところなんですが、「本気出す!!」と申し上げた以上、いつもよりかなり冷静に拝見してたつもりです(当社比)。

正直、ストーリー展開的には、となりのさとし(仮)を基準にして考えると、
まさに王道!! 
なわけですね。
大人のもくろみどーり、
「仲間を大事にすること」とか
「絶望の底まで沈んでも、常に希望は持ち続けよう」とかの鉄板メッセージは、ちゃんと伝わってるらしい。
確かにあたくし自身、嵐の後取り残された子どもたちの健気な姿に、うるっとキタ。
確かに、キタ。

だが、しかし。
冷静に考えると、この「同じ村の子どもたちなのだから、なかよくして当然」という「同族意識」は、「異質を排除する」傾向にありがちな、わが島国日本文化の根底に流れるもので、「国際化」が叫ばれて久しい昨今では、非常に出遅れた思想ともいえるのです。

そもそも「いじめ」の発生するメカニズムは、ある一定のコミュニティの中において、「異質である」「ほかのものと違う」から、それを追い出すためにはじめる作業ですよね。
逆に、「違いがあって当然」という共通認識のあるところでは、わざわざ追い出す行為が行われたりはしない。
以前から申し上げてるが、あたくしが「欧州文学と同性愛の歴史」をテーマに卒論を書いたのは、「異質排除の対象」になりがちな同性愛者たち、つまりはこうした「差別感」「差別する側とされる側の心理」について考えるところがあったからなのでした。


基本あたくしは、度々申し上げてるよーに、
「みんな違って、みんないい。」((C)金子みすず)
と思ってるので、いい人ぶるつもりは毛頭なく、ほっとんど偏見はないタイプです。
それはたぶん、「異質」なものを目の前にした時、それを「排除する」方向にいかないだけで、逆に興味を持って近づいていくからなんですよね。
もちろんある程度の危険を伴うわけで、でも、その不安よりも好奇心が勝る。
つまり、世界を開く可能性のあるものに対して、自ら可能性をつぶすのはもったいないと考えるせいです。


だから、山賊団が、ケングループの食料をこっそり盗みに来た時、ビッキーが「持っていっていいよ」とかいうあたり、その後、「僕のしたことは悪いことなの?」とビッキーが自らを責めるあたり、日本人が一丸となって、欧米に追いつけ追い越せ!! とかを目指してた時代(昭和40年代ごろ??)には、ものの見事に通じる正しいメッセージだったとは思います。

でも今は、未曾有の不況な上、混迷の時代といわれてる。
そこに必要なのは、生ぬるい「同族意識」という名の思いやりではなく、賢く強くしたたかに、自分の力で荒波をこえてゆける知恵だろうと。
あたくしはそう信じるわけです。

例えば冒頭、川島くんボブ×竹内くんケンの大乱闘シーンに、本気でビビってたさとし(仮)には、こぶしの基本的な握り方がわかるように伝える、とか。

べつに暴力で訴えるとかじゃなく、見知らぬ人から殴られたりするのがふつーにあるよーな世界では、自らを守る術を身につけておくべきだと思うからです。
あたくしたちは、特に子どもたちは、本来話しあいとか、モラルとか常識とか、そーゆー小賢しい段取りでケリの付く世界にはいない。
「ハンドコアクアリオ」の呪文が、ただ意味もなく、ただリズムがおもしろいから、という理由だけで好まれるように、すべてが単純で簡単。
そーゆー意味で、無知でいること、無防備でいることは、むしろ罪に等しい。
だれかに殴られた時、「ケンカの仕方を知らないから、殴るのはやめろ」で通じるかといったら、おそらく無理でしょう。


なのであたくしは、もし『嵐~』がこれ以降再演されるなら、必ず時代に即した演出とか、台詞まわしを入れるべきだと思うのです。
ただ漠然と「希望を 希望を持とう」とかゆわれても、不器用で単純な子どもたちは、その基本的な方法を知らない。
どうすれば希望を持てるのか、どうすれば仲間を信じられるのか、その術を教えられるのは、まさに舞台の役目だから。


そーゆー意味では、川島くんボブ、説得力がありましたね(笑)。
前出の食料盗むシーンで、「俺のいうことがきけねえのか」って山賊団のリーダーならではの台詞、堂に入ってた。落ち着いたものすごくいい目してましたね。
「ああ、一和くんに遠慮してたっぽい川島くんが、ちゃんとリーダーになったんだ」
とかなんか腑に落ちた(笑)。
その後カーテンコールで、客席の前方にいた小学生ぐらいの男の子たちが、わーって舞台下まで近寄って、ずーっと出演者の方々に手をふってたんですよ。でもどんどん幕が下りてきちゃって、出演者の方々の足だけが見える状態になってるのに、川島くんはひたすらしゃがんで、にこにこしながら最後まで手をふり返してました。
その姿が印象的で、子どもの扱いなれてる、っつーか、上手そうだったので、
「なんだこのひと、小学校の先生とかになったら、いい先生になるだろなー……」
とか思ったら、大学出た後、進学塾に就職してたんかい!!(笑)(「アルプ」2010年2月号参照)
なんかやっぱ生の舞台は、どっか出演者の方の本質とゆーか、その破片が垣間見えるものなんだなあーとか思いますた(笑)。


……って、『嵐~』は「こころの劇場」なだけに、教育論?とからめてなんぼなよーな気もする。
単純にこころが動くか動かないか、だけでみてもいいんだけど、「こころの劇場」とうたう以上、ただ大人のメッセージを伝えるだけじゃ不足だよねえ。
メッセージを伝えて、かつそれをみた子どもたちが、これからの実生活で使える、役立つよーな、何らかの「知恵」とか「実務」を得てはじめて、「こころの劇場」は意味を成すと思う。

そーゆーあたくしも、実は塾講師経験があります&教職持ってますなのでした(笑)。



……まーたなげーな!!!

おつきあいくださった大人の方々、ありがとうございます。おつかれさまでした(笑)。

つーか、
伊藤くんエルンストせんせいに、
ハンシェンの愛し方を直接ご教授願いたい!!!!!!!
とか本気で思う今日このごろ……(遠い目)。






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